|Posted:2012/04/10 09:00|Category :
史跡|
内容はいまひとつ知らないまでも、存在は誰でも知ってる『日本書紀』、そうあの『古事記』と並ぶ日本最古の書物のひとつです。「記」じゃなくて「紀」だって社会の先生に教わりましたね。
そんな日本書紀に登場するのがこの
裂田(さくた)神社です。
正確に言うと、登場するのは裂田神社の脇を流れる水路、
裂田の溝(さくたのうなで)。
以前書いた
伏見神社の前に設けられている一ノ堰から、那珂川町内へと水をひいている水路、なんと
現役です。
そしてこの水路建設にあたって生まれた逸話 ―後でちょっと書きますが― の舞台がここ裂田神社の、まさにこの場所(と考えられています)。
これが神社の全景。
神話時代からの謂れのあるお社にしてはかなり
質素という第一印象。
拝殿と本殿も別建てではありません。

でも、拝殿に近づくと奉納絵が
ぎっしり、、、


地元にしっかり根付いてきたことが伺われます。
ひとつひとつけっこう見応えがありますが、詳しくご紹介しづらい量。町の図書館には資料があるみたいです。

こちらが謂れ書き。
子どもたちにもわかるように書いてあります。

これによれば、朝鮮遠征から戻った神功皇后(じんぐうこうごう)が、この地に神田を拓くため水路建設にのりだした。ところが途中で巨大な岩にはばまれ作業は難航。家来の武内宿禰(たけのうちのすくね)に命じて神に祈りを捧げたところ、
雷鳴一閃、岩がくだけ散ったとのことです。
けっこうドラマチック!
かみよの世界ですね。
発掘調査をしたところ、ちょうどこの神社のあたりに固い岩盤があることが確認された、と書いてありました。
伝説が裏付けられた格好、、、すご。

すぐ隣には、これも以前少しご紹介した
安徳台が見えます。
安徳台は
迹驚岡(とどろきのおか)とも呼ばれていたそうですが、きっとこの雷鳴伝説に由来するのでしょうね。安徳天皇をかくまったという言い伝えもあるなど、なにかとロマンをかきたてる場所です。

この裂田の溝に沿って遊歩道が近年整備されました。
整備される以前ものどかな景色が広がり、歴史の風を味わうにはよい散歩道でした。
機会があったら溝沿いの様子をまたご紹介してみたいと思っています。

裏手から眺めた裂田神社。
真ん中あたりに白く、大きな岩が見えていますね。
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那珂川町(福岡県)のことをのんびり綴っていきたいと思ってます。
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